有馬みどりさんのピアノ・リサイタル

有馬みどりさんのピアノ・リサイタル

        2021/10/06

        十河 智

 

 有馬みどりさんのピアノ・リサイタルがあった。


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コロナ禍の開くことへの気配りからか、コピーではあるが、自筆の丁寧なお手紙が添えられて、案内がきた。いつもの神戸西宮兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホールで。

 小ホールがほぼいっぱいになるくらいの、このコンサートのお顔なじみという人もいるくらいの、小さくて、和気藹々のコンサートである。今までの演目はベートーベン、リストと少し堅苦しい感じのものだったが、今回はショパンブラームス

 お手紙によると、コロナで少し気持ちが変わったとある。表現者にはその時の心境というものが大きく影響もするだろう。私は、どちらかというと、この演目は嬉しかった。そして、緊急事態宣言解除の前日、私の切り替えスイッチ、緊張からの開放の音楽をきくことができた。

 

コンサート秋緊急事態宣言下

コロナ夏手紙に綴る物思ひ

蛍飛ぶショパン舟歌ノクターン  

 

 電車で行っていたのだが、今回は感染忌避のこともあって、車で行った。高速道路は工事が多く渋滞とラジオが言うので、ナビに従って、地道を茨木伊丹と抜けてゆっくり行った。

 この道は久しぶりだった。主人の伯母が伊丹に住んでいて、生前はよく訪ねた。従兄弟たちもいた。伯母夫婦が亡くなってから、従兄弟の親しい方も亡くなって、あまり行き来がない。もう一人はどうしているだろうか。なくなった人の絵の上手な奥さんはまだ描いているだろうか。コロナ蔓延の今を、どう過ごしているのだろう。七十を超えたあたりから、年賀状が来なくなった。うちも去年やめることにした。一つの決心ではあるが、こんなふうにふと思い出してさびしくもある。

 伊丹には、大阪空港があり、着陸態勢は、千里川に沿って取られる。そこの河川敷では、震災のときに神戸から 大量にゴミが持ち込まれ、焼却の炎が上がった。神戸の街に震災のときに上がった忘れられない煙のひとつである。

 6時30分の開場なので、途中どこかで早いめの夕食を取ることにしていた。何キロかを一本道できて、会場へはこの角を曲がればもう着くという曲がり角にVOLKSがあった。そこで食事をして、コンサート会場に入った。確か地下に駐車場があったと入り口を見つけるのに一回りした。高速を使って行く道と入った方向が違ったようだ。秋の夕暮れ時は看板が見えにくい。

 駐車場からは、エレベータですぐに会場へ。駅からずっと歩いて会場に至る時とも違うところに来たみたいである。

 

秋の昼茨木伊丹西宮

震災の煙今無く秋気澄む

飛行機の影秋冷の千里川

コロナ禍に人懐かしや秋の蝶

薄紅葉感染忌避の車移動 

秋の暮駐車場入口に迷ふ

龍淵に潜む地下駐車場より上る  

 

 コロナ感染対策にはマニュアルがそれぞれの業種にあるようで、普段行くレストランではテーブルとテーブルの間に隔壁があり、アルコール消毒。VOLKSでも同様であった。コンサート会場では、半券裏に名前と電話番号を書くように言われた。密閉度の高い空間を共有するために感染者が判明した時の拡散を防ぐ対応策なのであろう。当日券はなく、会場はいつもより少ない観客だった。いつもと違い、人々は話さない。始まる前も静か。


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 演奏が始まった。ピアノの音がそれは静かに空気を包んでいった。休憩にも、コーヒーなどの提供がないため、立つ人は少なく、静かに時間が過ぎた。私達はいつもピアニストの指の動きを感じられる背中側の席に座る。ブラームスがゆっくりと流れはじめた。心地よい空気に満ちていた。気鬱が癒やされてゆく。

 あっという間に終わったような気がする。ブラボーといつもは上がる最後の応援も、ただ拍手が続くばかり。いつもより長く、強く。私達も。アンコールに応えてくれた。

 そして何回か舞台に出てきてくれて、コンサートは終演した。出口の張り紙が、

 「感染防止のため、終演後のロビーでのご挨拶、歓談は、本日行われません。」

 文面はしっかりと記憶にあるわけではないが、「ああやっぱり。」と思っていた。有馬みどりさんに、最後に一言、「聴かせて貰ってありがとう。」と、直接声を掛けて帰る、それがこのコンサートの締め括りとなっていた。わかっていても、それができないことに寂しい気持ちになった。

 何事にもちょっとした繋がり、交流が大切だと、私達はコロナ感染蔓延の災厄の2年間で嫌というほど味わった社会の関係遮断、断絶の経過の中で、身に沁みていた。ここでも我慢しなければならなかったのだ。

 

緊急事態解除前日九月尽

秋灯下半券裏に名と電話

水の秋リーフレットナポリの絵

柔らかや夜長彩るノクターン

萩の花メインに選ぶブラームス

ブラボーの声なく終る秋の夜

色なき風ピアノソナタの余韻乗せ 

 

 

 少し寂しい気持ちになって、夜の街を家に向かった。主人の運転は慎重であったが、私は暗がりによそ見をするものもなく、往きよりも却って早く帰れたように思った。

  

闇に沈む街素通りす夜半の秋