2021年夏の話

2021年夏の話

        2021/06/17

        十河 智

 

(コロナ禍、すぐに終わると思っていた。だが長引いている。すでに夏。

 この夏の話を書いておこう。)

 

私達のコロナ禍の暮らし

 

 去年お正月はシンガポールで過ごしていた。思えば別世界であった。全世界から人がシンガポールに集まってきていた。

 日本ではコロナ感染の緊急事態宣言が2020年3月から5月、2021年1月から3月、そして現在、2021年4月から6月、3回発出された。

 その間に、2021年6月15日現在、累計感染者 776,319人、死亡者数 14,136人、未だに感染性の強い変異株に置き換わり、感染拡大がぶり返す可能性もあるのだ。

 

毎日新聞の6月17日の記事。「アメリカでのコロナ感染者スウが3300万人、死者が60万人。昨年1月に最初の感染者、2月に最初の死者が報告されて以来の数字で、バイデン大統領は、演説で、この一年間のアメリカのコロナ死者数は二つの世界対戦とベトナム戦争で合わせたアメリカ人死者よりも上回ると指摘した。」)

 

 日本では、この1年間で、感染防止対策が徹底し、体温測定、アルコール消毒、マスク着用も普通になった。

 また、この一年間、私が電車に乗ったのは、3回だけ。西宮の神戸芸術劇場であった知人ピアニストのコンサート。今年に入ってまだ感染が緩かった京都、がんこ寿司での高校同窓女子会。大阪の天王寺の美術館の日展。どこの会場も、入場者のマスク体温測定、アルコール消毒は必須で、会場としての人数制限、換気が加わり、完璧であった。

 コンサートと日展は夫婦で行った。思えば、こんなに夫婦が一単位として密着行動したことは今までなかった。コロナ禍のおかげで仲良く歳を取っている、とも言える。毎日が日曜日、老人世帯なので、普段の土、日は外出しないようにしている。コロナ禍で、人が来ていないだろうと踏んで、一度日曜日であるということを失念し、道の駅に買い物に出かけたとき、駐車場で待つほど人で溢れていて、入らずに行き先を変えたことがある。多分、このご時世の閉塞感に、日頃行かないけど、ほんの少しの楽しみプラス・アルファを求めているのだ。

 週日には、国道170号線を端から端までドライブ、どこかのコメダ、スタバ、ガスト、王将でお昼ごはん。大きいところがいい。2時頃になるとどこも空いている。(娘は、行くなというが、一日一度は外の空気を吸いに出たい。)

 帰りに、ライフ、オークワ、パルコープの店、その何れかによる。買い物は2週間に一度くらい、大量に買う。これも3時頃だと余り混んでいない。帰宅後、肉や魚を夫婦二人の一回分ずつ小分け、冷凍庫、氷冷室、冷蔵庫と、使う順を考慮して、保存する。冷蔵庫はほぼ満杯になる。賞味期限は経験上の判断優先で、あまり気にせず、冷蔵庫がほぼ空になるまで、間では、牛乳や卵、野菜を足すくらい。そのときには、ぱぱっと買って、なるべく店に長居をしないようにしている。

 大量買いの片付けは、私一人でささっとやる。そのほうが早い。主人は、もと店舗だった別宅に行く。大型テレビを置いてあって、家で見ると文句を言われる野球やサッカー、録画している時代劇を見ているらしい。この家は、ついこの間、片付けて、手放すばかりになっていたが、今は適当に夫婦が距離を置ける緩衝帯の役割をしていてありがたい。「すももへ行く。」あるいは、「別荘へ行ってくる。」と言って、私から逃げる。最近めっきり遅寝遅起きになってしまい、食事の時間も2時間ずつずれてしまった。それでも夜は、夫が逃げている間に、案外きっちり夕食の料理して、ゆっくりと食べている。買ったものを計画的に使う。

 主人も私も、運動する質ではない。今はいいが、運転ができなくなる日が近づいている。そう思いながら、このコロナ禍を、車に頼って、暮らしている。やり過ごしている。

 出掛けない日はスマホ。最近は俳句や原稿は、スマホのメモアプリを利用する。フェイスブックにも俳句を中心に、今までとは違う超結社的お友達ができた。コロナより前から始まっていたが、見る時間、入力している時間は確実に、この一年で増えている。依存症に気をつけなくては。

 私は喘息持ちで、機能的に歩くのに不自由はないが、すぐに息が上がる。暑い日などは熱中症とも重なって、死ぬ目にあったこともある。それでも、俳句の通信句会への投稿のために、ポストへ出向くときなど、町内巡りや、近所の公園への散歩は楽しい。俳句のおかげで、季節の移り変わりが五感を揺さぶってくれる。一人がいい。休みながら、自分のペースで歩くことができる。

 しかしこんな生活は気分を参らせる。何事も鬱陶しく、億劫になる。早く元の人と交わる暮らしに戻りたい。句会に行きたい。将棋をさせたい。旅に出たい。

 

いつも二人飽きもせずカートにトマト

ドライブの国道かき氷の旗

夏の夜やスマホの電池警告音

マイペース梅雨の晴れ間を歩きけり

冷蔵庫より肉じやがの肉といも

コロナ禍の死者感染者鰻食ふ

海亀の子を産む浜に変はりなし 

 

 

 

2 

学校のコロナ対策

 

 学校なども対策が軌道に乗るまでは、先生がたも試行錯誤が続いていた。去年は、年度代わりを挟んで、卒業式、入学式、新学期と、コロナ対策事始めであった。学校薬剤師である私にも、春から夏にかけて、相談や問い合わせが多かったように思う。

 

 まず体温計が市場から消えた。ドラッグストアや薬局にないと、先生から言ってきた。3月卒業式の頃だった。

 コロナでは、今は常識になった非接触型体温計、薬局などでは卸が医療機関に繋がっていて、そちらからの注文を優先させる場合が考えられた。医療機器のカタログ販売でも同じことが起きる。系統を変えて電気店で探してみた。上新電機で、現物はないが注文を受け付けるというので、先生方に連絡した。

 入学式には間に合った。

 

 次に多かったのがウイルス除去を標榜する製品の品定めであった。

 アルコール製剤にも用途により規格があり、消毒や殺菌には向かないものもある。

 例えば、食品添加物として鮮度を保つ用途のものは、ウイルスの除去には向かない。

 たまに、酒造メーカーが作り売り出すアルコールがあるが、成分はエタノール、濃度も消毒用として十分な濃度であっても、局方品としての規格を満たしているわけではない。品薄のときは緊急避難的に使ったとしても、手に入るのであれば、学校では十分に品質が保証されたものを使うべきであろう。

 薬局方製剤にしても、成分として、エチルアルコールイソプロピルアルコールがある。イソプロピルアルコールは、教室の清拭で、完全に揮発拡散させる場合は使ってもいいが、手指消毒など、子どもたちの体内に移入してしまう状態では、多用は勧められない。ただ、エタノールの方には酒税がかかり、高価であるので、使い分けが必要である。

 また工業用エタノールは、工具、機械の洗浄用が主な用途なので、酒税を免れるため、人体に有害なメタノールが混ぜられている。子どもたちの教室には絶対に使ってはいけない種類のものである。

 以下は、実際にあった問合せと対処である

《インターネットや、カタログで見ると、アルコールの規格が様様で、どれを選んでいいかわからない。ーー

 見ている画面、カタログを確認し、説明した。》

 

《市や教育委員会が、寄付を受けたあまり耳慣れないウイルス除去製品などを送ってきたが、清拭に有効か。ーー

 一般的な細菌に対する殺菌効果の試験成績しかなく、コロナウイルス対策としては使えない物が殆どだった。添付の試験成績書がない場合は製造元のHPなどで調べた。今の時代はこういうところは便利になった。》

 

 コロナ蔓延に伴い、学校での子供の掃除というのが一時的になくなった。先生が感染対策の拭き掃除をやることになった。養護教諭が、感染対策清掃マニュアルを作り、教職員総出で放課後に清掃をやっていると聞いたことがある。

 この学校では、清拭用の消毒剤は、次亜塩素酸水を選んでいる。6月頃には、厚生省のHPに、コロナウイルスに有効な清拭用薬剤のデータが発表されてきた。次亜塩素酸水も、物を拭いたあとの殺菌効果を認められている。後は水に戻るので、二度拭きしなくてもいい。広範囲の清掃には、費用もアルコール製剤よりも安く、使い分けるようになってきた。

 

 学校行事はほぼ中止となり、プール授業も着替の場所での密を避けられないと、行われなかった。音楽から歌が消えた。子どもたちのソーシャル・ディスタンスを保ち、感染を防止する方策が様様練られた。

 

 家族に感染者がでると、その状況によっては、クラスや学年出席停止の措置が取られる可能性があった。幸いにもこれまで学校の中で感染拡大が起き、PCR検査で陽性者がでるということは聞かなかった。当該家庭の児童生徒だけ、陰性であっても、2週間の自宅待機となったが、その間もリモート授業を受ける。学級での授業をそのままインターネットで繋ぎ、同じ授業に参加できる形式だという。この様子が、テレビでニュースになっていた。日程調整で学校に電話連絡すると、ちょうどそのリモート授業の準備中で忙しい様子だったこともあった。

 秋、冬の検査業務には学校に出向いたが、その頃には、体制が整い、感染が波状攻撃のように起きてはいたが、対応のマニュアルがきちんとできていて、落ち着いてきていた。

 去年一年間、先生も初めての事だらけで、学校全体で取り組んでいる様子が見えた。こうして去年度が過ぎていった。

 

 今年度もプールの授業はやっていない。だが、一部の中学校で、感染対策ができる体制で部活の水泳が復活した。遠足などはまだのようだが、運動会はするようだ。ただ、運動会練習中の熱中症がよくニュースになっている。こちらも気をつけなければとは思うが、コロナのことを思うと、体育館での密集や激しい運動は避けなければいけない。痛し痒しである。

 学校薬剤師の仕事も、去年のコンサルタント的な相談への回答ではなく、本来の環境検査業務が戻ってきた。

 子供たちも、コロナ禍の生活に慣れてきているようで、午後4時頃の、マスクをして、下校する姿は、楽しそうである。

 

学校を拭き上げてゆく涼気かな

リモートで教室にゐる更衣

中庭の向日葵窓は全開で

今年また泳がぬプールありにけり

コロナ禍の夏の下校時マスクして

 

人類とコロナワクチン

 

 ワクチン接種は去年12月から、アメリカとイギリスで始まった。その後、日本でも医療者、高齢者、と順に接種が実現してきている。

 従来ワクチンといえば、不活型と言われるものが多かったが、コロナウイルスワクチンは、急を要している、効果が確実にある、という社会の要求が強く、様々な手法でアプローチが取られ、接種を進めながら知見を得ていく最速の少し乱暴な実用化が進められ、しかしそれが功を奏して、感染が抑えられた国が見られるようになった。

 

以下、ワクチンについて、厚生省のHPより抜いて、貼り付けておいた。

 

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ワクチンの種類

 

 国内・海外において、不活化ワクチン、組換えタンパクワクチン、ペプチドワクチン、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチンなど様々な種類のワクチン開発が行われています。

 

 不活化ワクチン、組換えタンパクワクチン、ペプチドワクチンは、不活化した新型コロナウイルスの一部やウイルスの一部のタンパクを人体に投与し、それに対して免疫が出来る仕組みです。

 

 メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチンは新型コロナウイルスの遺伝情報をそれぞれメッセンジャーRNA、DNAプラスミドとして、あるいは別の無害化したウイルス等に入れて、人に投与するものです。それが、人の細胞に入り、ウイルスのタンパク質を作ることによってウイルスのタンパク質に対して免疫が出来る仕組みです。

 

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 ファイザー社、武田/モデルナ社のコロナワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン。

 アストラゼネカ株式会社のコロナワクチンは、遺伝子組換えサルアデノウイルスベクターワクチン

 

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話を続けよう。

 

 ワクチンがこんなに早く実用化され、生産も供給も総力が結集されて順調に見えるのは、すごいことだと思う。研究開発、生産、流通の各段階で、迅速で的確な対応があったことを思わせる。

 

 世界人口78億7500万人、世界中のどの国にもワクチンが行き渡り、人類がコロナウイルスを手懐ける日の早からんことを心から願っている。

 

 ただ、ワクチンの生産は、全人類の規模に対してまだまだ足りず、デルタ型という変異株の蔓延速度はワクチンの供給・接種の拡散の速度を凌駕する勢いである。

 現にファイザー、モデルナ頼りの日本でも、供給不足の兆しが出てきている。

 国産ワクチンも遅れてはいるが、開発中とある。全世界の人が接種するためにはまだまだ足りないし、接種が毎年のことになるかどうかもわからない。

 日本発のワクチンの不発の要因は、治験の事例数が感染の広がりがなかったために、承認に必要なだけ得られなかったこととも言われている。

 制度に忠実ということも必要だが、緊急事態ということの中に、ワクチンの第3相と第4相の同時進行のような方策はないのだろうか。または外国での治験を必要量実施できる体制とそのデータも認めて承認へということも、あってよいのではないか。あまり、治験、承認について現在の法律には詳しくないのだが、そういった議論を漏れ聞いたことがある。ファイザーのワクチン承認には、緊急事態を受けて、政治的判断もなされ、承認から製造体制構築まで、それは迅速であったという。

 製薬会社にコロナワクチンについての製法などを、人類のために公開し、特許使用の自由も与える様促し、世界のあちこちで製造する体制を整えたいと、WHOなどは考えているようであるが、実現には、製造工程における技術不足、貯蔵・在庫・運送過程、全ての側面での衛生管理、品質管理の不適切、など問題も多く難しいようだ。

 ワクチンの製造は、単なる物質の合成ではない、生化学的複製の技術があり、技術的に特別なのだ。ウィルス、DNA、RNA等、特別に管理の難しいものを原料、主薬にしていて、扱うには技術者だけでなく製造工程の要員にも、熟練が必要である。今のところ、大元のメーカーが生産の規模を大きくする方法が一番であるようだ。

 運送にも普通のコールドチェーン以上の厳格な温度管理が求められる。日本でも今の配送体制が構築されるまで少し時間がかかった。

 真の原因は定かでないが、日本のワクチン接種会場において、管理上の不手際から廃棄処分となったワクチンもかなりあるとニュースになっている。

 今現在、アストラゼネカのワクチンが日本で製造され、途上国支援に使われている。願わくば、安価な 日本発のワクチンが、何種類か開発され、国内生産が進むことがあればいいなと思っている。

 また、今の認可済みワクチンも改良により、扱いやすいものになっていけばと願ってもいる。

 普通はこれらのことは、やり尽くした上での実用化なのであろうが、コロナウイルスの勢いを削ぐためには、先ず防衛手段を持たなければならなかった。人類とウイルスとの大戦争という視点からの判断が必要だったのだ。

 

夏のマスクこれは戦と思ふべし

半夏生感染死者の棒グラフ

ファイザーのワクチン片肌脱ぎの我が腕に 

 

コロナワクチン接種の現場 

 ー薬剤師としての出務

 

 ワクチン接種の接種券の配布の仕方や接種の方法などは、市町村によっていろいろらしい。

 私の住む市では、かかりつけの医院での個別接種よりも、小規模集団接種会場での接種が主のようです。

 集団接種になると、かかりつけ医と違い、状態の把握がでできていない被接種者からの薬歴、アレルギーの既往歴の有無の聞き取りが、接種前に必要で、その要員として、薬剤師にも動員がかかるのです。

 平日は市のコミセンや体育館、市民に馴染みのイオンモールの8会場、14時から17時、医師のブースは1個から4個。これに土、日は、学校の体育館を使って5会場くらい増やす。朝10時から13時の回も増やされます。

 毎日のことで、会場数も、医師ブースの設営状況によっては、受け入れ予約者は増えるので、スタッフも増員される。全体で薬剤師も毎日15人程度出務しているだろうと思われる。土、日は規模の大きい学校体育館の会場が加わるので、倍くらい30人程度動員されていると思います。

 私のような年寄り薬剤師に出番は来ないだろうと高を括っていましたが、まだ足りないと、薬剤師会からファックスでの募集が繰り返されると、やはり協力しなければと考えるようになったのです。

 チェーン薬局の勤務薬剤師の若い人が相棒になったときに聞くと、土日やローテーションの空きのときに、ワクチン接種に出務しているという。休みを削っているらしい。日常業務に組み込んでいるわけではなく、あくまで個人的に引き受ける形で、上乗せして働いているようだ。

 市の設営する会場以外に府の大規模会場への要員募集も来ていた。大規模会場の場合は、注射薬の受け取り、保管や希釈も業務になるようで、これは、現役世代でバリバリ動ける人でないと務まらないと思う。

 私が薬剤師として出務のとき、風体から、必ず、入り口で、接種を受けに来たと間違われて、時間まで待てと制止が掛かります。なにせ白髪のヨボヨボのおばあさんですから。水戸黄門の印籠のように、「何度も薬剤師です。」も繰り返すので、少しうんざり、辟易としている。

 接種を受けた日の前日、同じ会場で、薬剤師として出務しました。小学校なので土、日だけ、市のスタッフのこのグループが慣れていないのか、私の出務は3回目でしたが、薬剤師ブースに用意すべきものや、薬剤師が点検する事になっている救急用カートの中身にも不備があったり、大変な状況でしたし、この日の会場設営では、接種に来た方の動線も悪く、行ったり来たりがわからず戸惑う人が多かったので、他の会場のように、受付から問診票の点検、薬の確認までを一直線に置くべきと日報に書き入れておきました。

 翌日、被接種者として訪れると、薬剤師ブースの位置が変わっていて、被接種者の導線が改善されていました。受付で「昨日はどうも。」とご挨拶もありましたが、業務日報に思ったまま苦言を呈して、改善されたのは、良かったと思います。

 薬剤師がお薬手帳や聞き取りで確認することとして、はじめは、筋注後の出血防止のために注射部位の圧迫を促す注意をするために、抗凝固剤、抗血小板薬の服用の有無を確認するだけでした。

 そのうちに、アナフィラキシーファイザーで一定数出ているというデータが上がってきて、最近はアレルギー、アナフィラキシーの既往も聞くように、となりました。接種後の一般的な待機・観察時間は15分ですが、既往の人は30分とするためです。

 ごく最近は、私の住む市の接種会場でも、結構アナフィラキシー様の事例が見られて、救急車を呼ぶこともあるのです。現場での応急処置と、迅速な救急搬送で、後は回復していて重大な結果にはなっていないようです。そんなことから現場で処置を行う医師から、処置に使うアドレナリンの効き目を弱めるので、β− blocker の処方があるかどうかも、予めお薬手帳で薬剤師が確認を、と申し入れがあったそうです。十分ではないのですが、数も多いので、アナフィラキシー既往の人だけ、確認するようにしています。

 エピペンを常時携帯している人は、既往歴を聞く前に申し出てくれます。

 「アナフィラキシーは、30年以上前に起こしたが、それ以降は皆無、起こしていない。」と言う人が案外多いのですが、ひどい目にあった経験から、原因物質を忌避した生活のおかげかもしれません。薬剤師会からは、そういう事例も漏らさず聞き取るように指示されました。用心には用心なのです。観察時間15分の差ですが、それが大事なのです。

 幾重にも大事にならぬ様、防御しつつ、コロナワクチンが行き渡る様、協力して、この危機を乗り切りたいと願っている。接種会場にはそういう空気が漲っている。

 

小満や緊急事態宣言下

梅雨湿り今休業中のモール街

梅雨の闇抜けてその奥接種会場

今日薬剤師明日高齢者芒種かな

海の日やオリンピックがすぐ間近 

 

コロナワクチン接種の現場 

 

✱1回めの接種

 マスクをしての外出から開放されたい。そう思って、市の大規模集団接種に予約しました。

6月6日、日曜日、自身も、1回目のコロナワクチン接種(ファイザー製)を受けました。

 その前の日、薬剤師として出務した小学校の会場へ、立場を変えて行きます。面白い経験でした。

 被接種者として流れに乗るととてもスムーズです。なかなかうまく考えられてラインが組まれています。

 市の係員はスタッフ側にいると多いなあと感じましたが、こうして、指示と誘導をされる側に入ると、必要な人数だとわかります。距離を保たせ、滞りなく流すためなのです。

 医師は、予診のところで摂取可の判断をしています。見守りのところにもうひとり待機していました。薬剤師の席には知り合いが座っていました。看護師さんも打ち手、見守り、救急要員と、それぞれ役割分担、実際は打ち手のみが動いているのですが、要員としては、他の2つの役割も必要不可欠です。案外と気分悪くなったり、アナフィラキシー様の症状で、救急搬送ということあるようです。(なにかあるときは、応急処置の後、原則、救急車。)

 皆専門職で、寄せ集めですが、それぞれの本分を全うしています。自分がそのレーンに乗ってみてよくわかりました。

 第1回め接種後、痛くもなんともないですが、体がだるくて眠たく、帰宅後4時間位爆睡。

 広い会場を結構歩かされるのと、あちこちで待たされるのも疲れた原因かと思います。

 2回目の予約も、やってくれるというので、順番を待ってやってもらって帰りました。

 1回目の予約に手こずったので、少し待ってもこの方がいい。楽でした。

 主人の接種券が届いて次の日に私のが届いて、2人分同時に予約したいと思いましたが、電話は全く通じません。ネットで市のHPのサイトを探し、予約したのですが、行き着くのにとても手間取りました。接種券の番号文字が小さいし、1人ずつ、別々だし、2人分、同じ時間に予約できたのが奇跡的。もたもたしてる間に予約番号が1000番も差ができてました。

 2回めの予約、接種会場でやってもらったら専用サイトがあるのか、すぐできて、2番違い。慣れている人がやるというだけでもなさそうです。ほんとにあっという間に予約できました。

 

✱2回めの接種 

 3週間後の6月27日、2回めの接種を、同じ会場で受けました。

 スムーズに進んで、終わりました。アレルギー体質の私は30分待機となり、主人を少し待たせましたが、午前中だったので、お昼には家に帰っていました。

 50歳前の娘は、医療従事者枠で、すでに済ませていて、翌日、元気にも関わらず、高熱が出ました。それで、その日の晩と次の日電話で様子を聞いてきました。二人とも、接種部位の痛みはひどくあるものの、熱もふらつきなども全くありませんでした。私は1回目のほうがしんどかったくらいです。

 ほんとに免疫ついたのかなと心配なくらいですが、テレビで説明を聞く分には、大丈夫そうなので、3週間過ぎたくらいから、行動範囲を広げたいなと思っています。

 ただそれでも、生体としてウイルスを受け入れ感染の媒介をするおそれは少し残るそうです。マスクはまだ当分外せないとわかりました。

 広報される注意にアンテナを立てて、守りながら暮らさなくてはと、最近の感染者状況を見ていると改めて感じているところです。

 

梅雨晴の山の学校接種の日

マスク外す日はまだ遠く雲の峰

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

句帖を拾ふ(2021年6月)

句帖を拾ふ(2021年6月)

 

        2021/07/01

 

        十河 智

 

1

[俳句大学 席題一句]

2021年6月第1週

 鰺(あじ) 「夏-動物」

 

行商のおばさんの出す今日の鰺

娘にと明石魚ん棚鰺を買い

新婚の散らばる鯵の鱗かな

 

[俳句大学 席題一句]

2021年6月第2週 

花菖蒲(はなしょうぶ) 「夏-植物」

 

野花菖蒲咲く池南アルプス

あれこれとこれまでの旅花菖蒲

菖蒲園周遊花に名の有りて

 

3

[俳句大学 席題一句]

2021年6月第3週   

蠅取(はへとり) 「夏-生活」

 

蝿取りぼんゆらゆら揺れる島食堂

蠅叩変はらぬ壁の待機場所

魚市場隅に貼りたる蝿取紙

隣り合ふ田畑のありて蝿取り器

蝿打に蝿の痺れる微電流

 

4

6月の、俳句大学【テーマで一句】

①「遊び」のジャンルに入るものを読み込む。 (例) 電車ごっこ、かくれんぼ、おにごっこ、あや取り、ゲームなど。遊びの道具でも可(めんこ、おはじき、ジャングルジムなど)。スポーツとされるものは不可。季語になっているものは不可。

蝋石の絵と喋る子や水を打つ

茂りより拾ふ小枝やけんけんぱ

 

 ②音に関する物でお願いします。【注意】音の文字が入って無くても良い物とします。

 

黒南風や聴こえにくきに字幕入れ

 

 ③猫をテーマとして、俳句を詠んで下さい。

ユーチューブグラビアの猫明け易し

壁に貼る猫のまつすぐ見つめ夏至

 

5

[俳句大学]

アスパラガス

asparagus

 

アスパラガス細きが芯の強きもの

a thin green asparagus;

a thing of having guts

アスパラガス皮をゆるりと剥きにけり

a green asparagus;

peeling slowly(06/02)  

 

6

[俳句大学]

梅雨

rainy season

 

雨またも亜熱帯的梅雨に入る

repeated subtropical downpour; 

rainy season in Japan 

倒木の残る山道梅雨の闇

darkness of the rainy season;

a mountain path where the fallen tree being left (06/06) 

 

[俳句大学]

走馬灯

revolving lantern 

 

亡き父のための読経や走馬灯

sutra recitation for my dead father;

revolving lantern 

座布団を隙間無く置き走馬灯

setting seat cushions in lines with no spaces;

revolving lantern (06/08)

 

 

 

 

家の50年、庭の50年

家の50年、庭の50年

        2021/06/04

        十河 智

 

 梅雨の朝、窓のカーテンを開けるのは、どきどきもする。雨が降っているか、これから降りそうか、それとも今日は梅雨の晴れ間か。空は梅雨曇で、じっとりした部屋の空気やカーテン越しの光の量では、わかりにくい。昨日は、朝は降っていなかったが、その後降り出して、今朝はだいぶ強い雨である。

 結婚の時に両方の親が建ててくれた、と言っても主人の親が就職のときに買った土地に、主人がローンを組んで建てた家であるが、まあ若い二人の意見は通らない。

 設計や内装、市の指定業者が施工すべき工事も、伝手から紹介してもらい、義父が仕切っていた。基礎工事は、大阪で、そういう仕事をしている、「大企業の本社の基礎もやった。」が自慢の、私の従兄弟に、父が頼んだ。大工と左官は、材木屋をしている義父が、田舎の付き合いのある人を連れて来て、掘っ建て小屋に寝泊まりさせて、家を建てた。大工が、設計図に従って、組み立てるまでに準備ができた材木を運んできて、ここで組み立てた。半年くらい行き来していたと思う。

 主人に言わせれば、余りもの(義父は息子のために置いていたという。)を、跡取りの義弟にせっせとトラックで運ばせた。

 私は、鳴門で仕事をしていて、土曜日もまだ休みではなかった。結婚前の逢瀬は大体が今の自宅での日曜日のお昼の食事の支度、キャンプみたいで楽しくはあったが。フェリーと電車を乗り継いでの日帰りであった。

 そんなややこしい家も、建築確認まで無事に終わり、結婚後、住んでみると、洗濯物干し場がなかった。竹竿売が来たので竿を2本買い、ベランダにの柱に荷作紐で縛りつけて、5年くらい使った。パートに出始めた頃、雨が降っても困らないようにサンルームを増築、そこが物干し場ということにした。

 庭の木は、メインの松は、鬼無という植木の産地で松を3本買って、植木屋に移植させた。やはり両方の家の父親が、自分の知り合いから分けてもらった、果樹や雑木の苗を植えに来た。住宅地の端で、造成地なので矩があり庭は広い。柿、八朔、ゆず、ユスラウメ、梅、南天、山吹、沈丁花、樫、槇、カイヅカイブキ、椿、山茶花

 私達も枚方によく立っていた植木市でたまに苗を買ってきて植えた。すもも、白木蓮木瓜

 クチナシと皐月は造成の石垣を飾っていた。

 実が生り始めると、鳥が来、虫も寄ってきた。それらが持ってくる木もあった。蘇鉄、櫟。欅、榎も生えてくるが、大木になると往生するので見つけたら抜いている。

 そして草花は、私が隙間に植えた。花屋で買ったり、貰ったり、生花のあと挿し木、挿し芽をしたり。柳、紫陽花各種、杜鵑、蕗、スギナ(つくし)、野茨、カンナ、どくだみ、ムラサキツユクサ、庭石菖、茗荷、じゃがいも。ただこれらは植木屋に雑草としてあえなく引き抜かれることもよくあった。頼んだ出入りの植木屋は松でいくらというほど松が大事。下草は見えない人だった。

 子供と遊びに行ったあやめ花菖蒲園で、花菖蒲を予約、3ヶ月後に取りに行くというのをやっていて、花菖蒲を買った。漬物樽に泥地を作り、そこで育てた。

 長い間には、大病もした。主人は土、草、虫が嫌い。私が草抜きができなくなると、親切を装って、前栽と矩、あと少しの土の部分を残し、私の入院中に芝生と石のタイルで平地の半々を敷き詰め、小さな池も作っていた。「病後に楽なように。」と自慢げに言っていた。草抜きは確かに楽だし、視界に入らないので矩は生え放題にしておいて問題ない。しかしこの温暖化の時代、石のタイルの夏の照り返しは尋常でないくらいである。

 その池には、漬物樽ごと花菖蒲を入れ、病後しばらく通院していた時、バス停近くの花屋で見つけた睡蓮の苗を沈めた。その頃まだ多かった田んぼの水路で毎年芹を取っていたが、その根も花菖蒲の脇に植えておいた。

 もうそこからでも、40年くらいになる。道路が整備されたり、市街地に区分が変わり、住宅地になってしまった。芹は何処にも生えなくなり、池で代を継いでいる。花菖蒲も睡蓮も毎年花が咲く。住み始めたときに植えた実の成る木は、柿と梅以外は全て木の一生を終えていった。李は桜と同様で大きく枝を広げていたが、一昨年崩れるように倒れた。その後がポッカリと寂しかった。そこにこの頃流行りのフェイジョアを植えてもらった。もう大きくなった木だったので、今年初めて花が咲いた。すももとは違うので、まだ慣れない。ミカン類で残っているのは金柑のみ。もう収穫できないので、鳥の食べ放題。今頃が甘くなるのかよくヒヨドリが来る。


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梅雨菌すもも大樹の崩れけり

フェイジョアの花開く朝喫驚す

片隅に残し置きたる母子草

朝の陽に光り返してスベリヒユ

どくだみの花群生の幾何模様

ムラサキツユクサ既に花閉づ午前九時

毎年の呟きこれは花菖蒲

山田池花菖蒲園娘は三歳

大病の快癒記念や睡蓮は

病院帰途花屋の甕に咲く睡蓮

夏の鵯金柑残り少なきに

        

句帖を拾ふ(2021年5月)

句帖を拾ふ(2021年5月)

        2021/06/01

        十河 智

 

1

 

「俳句大学」

〜席題で一句〜 

5月 第1週 

席題=茶摘(ちゃつみ《ちやつみ》)「春―生活」

静岡の艶めく茶山今ごろは

茶園より注文時期と手紙来る

茶畑の真ん中若き娘たち

 

2

「俳句大学」

〜席題で一句〜   

5月 第2週 

席題=蜘蛛(くも)

「夏―動物」

 

蜘蛛の糸最強と人が知り

蜘蛛の巣を纏ひて納屋を出できたる

女郎蜘蛛獲物は後でゆつくりと

 

3

ヒヤシンス

hyacinth

 

ヒヤシンス保ちてソーシャルディスタンス

hyacinthes ;

social distances to be kept

ヒヤシンス水栽培の根の記憶

hyacinthes ;

recollections of the roots of hydroponics

 

4

スイトピーsweetpea

 

スイトピー子はすやすやと乳母車

sweetpea ;

a baby carriage with a little girl sleeping peacefully

スイトピー添へ賑やかに華やかに

lively and gorgeously ;

adding sweetpeas to the flower arrangement

 

5

躑蠋

azalea

 

躑躅花嫁衣装に選ぶ白

white azalea ;

white, a selected color of the wedding dress

躑躅咲く土手には走る人ばかり

the azaleas bloom ; nobody on the bank but running people

 

6

wisteria

 

私だけの物干し場より愛でる藤

the wisteria I alone enjoy ;

from my clothes−drying area 

竹林や大き自然の藤の棚

wisteria along a big natural trellis ;

bamboo forest

 

7

チューリップ

tulip

 

チューリップ赤白黄の同心円

tulips ;

concentric circles of red, white and yellow colors 

子供らと話したがりのチューリップ

tulips ;

loving to talk with children

 

8

金鳳花

buttercup

 

金鳳花高野山下り五條まで

coming down Mt. Koya to Gojo City ;

buttercups

金鳳花京街道は古き道

buttercups ;

the Kyo Highway is a historic road 

 

9

牡丹の芽

bud of peony

 

牡丹の芽薬草園の古木かな

buds of peony ;

the old tree at the medical herb garden

この辺に確かあるはず牡丹の芽

sure to be in the ground around here ;

a bud of peony 

 

10

thistle

 

ちくちくと胸に抱きたる薊かな

holding thistles in my arms ;

prickly to my chest 

今もなほかの女(ひと)思ひ挿す薊

still thinking of the woman ;

the time to arrange thistles in a vase

 

11

燕の子

small swallow 

 

燕の子ちよこんちよこんと電線に

small swallows in even space ;

lightly and softly on an electric wire

山裾の道の駅なり燕の子

a road service station on the foot of a mountain;

small swallows 

 

12

mackerel 

 

鯖の道遥遥日本海の鯖

all the mackerel way;

the mackerels in the Japan Sea  

アレルギー出てよりうまき鯖なれど

no mackerels since having had allergic reactions;

how tempting this mackerel looks  

 

13

玉虫

jewel beetle 

 

玉虫の煌めき蜜柑成らぬ木に

the glitter of a jewel beetle;

an orange tree boring no fruit 

玉虫や永久の煌めき見する厨子

jewel beetle;

showing an eternal iridescence on a miniature house of Budda 

 

14

青りんご

green apple

 

青りんごあの酸っぱさを懐かしむ

green apple;

missing that taste of sourness 

甘きもの好む時代や青りんご

an age of people being fond of sweetness;

green apples 

 

15

夏草

summer grass 

 

夏草や庭ある家に梃擦りぬ

summer grasses growing rampant;

the house with a garden  

夏草や評判のよきレストラン

summer grasses;

a restaurant of a good reputation  

 

16

走馬灯

revolving lantern 

 

亡き父のための読経や走馬灯

sutra recitation for my dead father;

revolving lantern 

座布団を隙間無く置き走馬灯

setting seat cushions in lines with no spaces;

revolving lantern 

 

17

夕顔

bottle gourd

 

ゆうがおの花夕闇に静かなる

flowers of bottle gourd;

still and silent in dusk 

夕顔の花や源氏の君の腕

flowers of bottle gourd;

on the arm of Hikaru Genji 

 

18

アスパラガス

asparagus

 

アスパラガス細きが芯の強きもの

a thin green asparagus;

a thing of having guts

アスパラガス皮をゆるりと剥きにけり

a green asparagus;

peeling slowly  

 

19

梅雨

rainy season

 

亜熱帯的豪雨ばかりや梅雨に入る

repeated subtropical downpour; 

rainy season in Japan 

倒木の残る山道梅雨の闇

darkness of the rainy season;

a mountain path where the fallen tree being left  

 

20

「俳句大学」

〜席題で一句〜   

5月第3週 

席題=卯波(うなみ)

「夏-地理」の季語

 

卯波あり綿雲ありて富士の山

一冊を読み切りにけり卯月波

卯波立つ島より帰る舟の上

赤白の灯台を抜け卯浪かな

卯月波長き鳴門の防波堤

 

21

「俳句大学」

2021年5月第4週 

「テーマで一句」

①「時計」

扇風機接種会場午後の2時 

四分の接種行程梅雨湿り 

②「田園風景を詠み込んだ一句」

琵琶湖よりまた琵琶湖へと代田水 

玉葱の畑が続く土讃線 

③「擬音語、または擬態語を入れた俳句」

ぐしやぐしやと蜘蛛の囲丸め家主ごと 

 

22

「俳句大学」

〜席題で一句〜

第5週

席題=麦の秋(むぎのあき) 

「夏-時候」の季語 5句

麦秋の讃岐平野に戻りけ

麦の秋さぬきの夢はうどん粉に

麦の秋少し遠出の近江かな

祖母の立つ姿見返る麦の秋

麦秋や一人で暮らし二月め

 

23

「俳句大学」

写真で一句「コロナ撲滅特別企画!」第8弾開催❗️

梅雨もコロナも吹き飛ばせ!

 

あじさいの雨に雫や肩寄せぬ

梅雨湿り気晴らしに出むお洒落着で

傘も服もピンクのデートさつき咲く

 

24

サロン ケ・セラ・セラ(坂本大吉)

 

写真で3句。

 

紅白のやはりめでたき躑躅かな  智

毎年の呟きこれは花菖蒲 智

額紫陽花至高の色に濡れにけり 智

うちにやってきた本たち  5

うちにやってきた本たち 

        2021/05/29

        十河 智

 

5 俳人前田霧人の「新歳時記通信」

   第12号 2021年4月


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 高校時代の同窓のよしみ、俳句をする者同士として、刊行すれば送ってくれる本である。

 

 彼とは、高校も男子組というクラスが何組かあって、また、大学も同窓であったが、理学部と薬学部で、その頃は交流がなかった。40歳かの記念の高校学年同窓会で、出会い、俳句をしていること、俳句に関する本を書いていることを知ったのが付き合いの最初である。

 その後は毎年の定例化した同窓会で合うたびに俳句の話をし、関西現代俳句協会の会合でも、顔を合わす様になった。

 その頃は、代表句「しんしんと肺碧きまで海の旅」の篠原鳳作については、ある結社誌に連載をしていて、後に出版もした。

 その後の仕事として、歳時記を成す事をライフワークにしたようだ。一里塚のように、これまでも中間の成果がまとまると、読ませてくれていた。

 

 「新歳時記通信」 

  第12号 

   2021年4月

 

 この本は、今までの成果の単行本版の各論編、第一部という位置づけのようで、これ自体のボリュームから考えると、単行本版というのはどれほど膨大なものとなるのだろうか。

 前田君が後記に記す、工程表ではあと5年かかるとしている、壮大な仕事である。

 彼のリサーチ力はすごいと思う。例句には、つい最近読んだ句集や、フェイスブックなどで知った俳人たちの句が入っている。角川の歳時記よりも親近感が湧く。現代、生きている時代を感じて読んでいる。

 彼も私も、長生きをして、ぜひともこの歳時記が成書として日の目を見るところを見たいと思う。 

 

 通読後は、たまに拾い読みする歳時記。この本も、そんな本の一つになろう。引用の句は新しい。

 

 まずは、好きな季語を捲ってみたい。

 

 前田君の努力を思いつつ、長く座右に置いて参考にしたい。

うちにやってきた本たち 4

うちにやってきた本たち

        2021/05/29

        十河 智

 

4 句会で一括購入した虚子の本

「進むべき俳句の道」

 著者:高浜虚子
角川ソフィア文庫

 


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 この本の解説を、
俳人のキャラクターと句風の関係の面白さ」と題して、私が属する3つの「ゆう」の流れを汲む句会の選をしてくださっている岸本尚毅さんが書いておられる。そんなことから、2つの句会でまとめて買うことにしたのだ。2冊になれば、どなたかに差し上げてもと、思っていたのだが、一か所だけで、もう一か所は在庫がなくて手に入らないといってきた。好評な本のようだ。まあ、私としてはダブらなくてよかったのだが。

 前に読んだ「俳句の五十年」も、同じルートで家にやってきたが、高浜虚子が最晩年に自分の俳句人生を回想、口述したものを起こした本で、これも、岸本尚毅さんが解説していた。これは2冊になったので、作らないが俳句が好きという友人にあげた。この本も、とてもおもしろかった。虚子の、話し言葉で語られる思い出話の雰囲気が忘れられないでいる。

 話を戻そう。

「進むべき俳句の道」

 ホトトギス雑詠欄
から作家を選び、論評することで、これらの句によって、暗示されている筈の、我等(と虚子は書いている。)の進むべき新しい道を、探ろう、というのである。
 虚子は、選者によってその道が唯一つ、一本道に定まるようなものでもない、という。
「作った人は、同一人で無いのだから、仔細にそれを調べていったならば、その各作家にはそれぞれの特色があって、一見似寄ったような句と見えたものにも、争うことのできぬ異色を認めるようになる。」
「雑詠は雑詠という一団としてはある一つの方向に進み来ったものともいえるのであるが、その中にある分子分子は各々異なった本来の性質を持ってそれぞれ歩趨を異にしているのである。」
「この雑詠評では、こういう方向もある、ああいう方向もある。こんな道もある。あんな道もある。というふうになるべく種々雑多の違った道を指定してみようと思う。」
「諸君の進み来った道は諸君の進むべき道である。」 

 虚子のこのような考え方が、この本には貫かれていると思うと、嬉しくなる。なんと柔軟な指導者なのかと、目を覚まされる思いであった。ここに挙げられた32人の作家にはそれぞれの諸君の道がある、それを私、虚子が、読み解いて探してみようではないか、というのである。

 時代が明治から大正の作家たちなので、よく知っているという人はいない。聞いたことがある程度の人も、そう多くはない。しかし解説で、岸本尚毅さんも、「本書は読み物として抜群に面白い。」と書いている。まだ拾い読みをした程度であるが、俳句の言葉選びに見える人柄など、捉え方が独特で、俳句をどういうふうに感じ取って読み込むかということも教えてもらえそうである。 
 私のように、良い俳句の読み手となりたい人間には、とても良い指南書であると思う。時間をかけて、ゆっくりと、読んでいこうと思っている。

 帯にも、「愛溢れる名俳論」と言っている、そういう言葉で表されるこれはとても魅力ある本である。虚子の心を感じる本である。

うちにやってきた本たち 3

うちにやってきた本たち

 

3 大学の薬学部の同窓生の間で回ってきたもの。

 

生化学教室出身の人から、先輩の研究の総まとめの本として、うまく纏まっているからと。

 

「記憶と学習を支える分子

カムキナーゼIIの発見 基礎研究の方法と魅力」

 

 著者:山内卓

 


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大学の生化学教室の先輩の先生が、一つの神経伝達物質の発見の経緯を書かれた本、この教室の人で同学年の友人が、この川柳をしている友人に送ってきたという。この2人は生化学系の教室の人。

 「難しかったのですが、読んでみて楽しかった。」

 専門の違う分析系の私は読みきれるだろうか。

 

 著者がアメリカ留学から帰国後、新設の旭川医科大学へ赴任、研究室の整備、研究目標の設定から始まって、成果を得るまでの地方大学の一研究室の道程を、後に続く研究者に大筋理解ができるよう配慮して、かなり丁寧に実験のデータまで示して、説明している。

 新設医科大学の創設から10年余りの期間の成果であり、神経科学の黎明期に行われた昭和の記録、21世紀の脳の時代を先取りする研究と、「はじめに」の中で述べている。

 生化学関連の講義・実習を受けた学生・大学院生・若手研究者が理解できるように、実験や同定、酵素活性の測定について、詳細過ぎる程の測定条件や反応液の組成を参考資料等で明示している。

 この本を表すに当たって、著者の目は常に、現在の若い研究者に向けられていて、わかりやすく、しかも、新たな現代的な研究テーマの設定を促すように、経験談の中から、随所にヒントを散りばめている。

 

 「今、令和の時代に振り返る昭和、そして、新型コロナウイルス感染症パンデミック下での、基礎研究の必要性が認識されており、生命科学の基礎研究も注目されている。」

 「この研究はおよそ40年前のものであるが、基礎研究における実験計画を立案し、それを遂行するために最適な条件を整えるという考え方は共通するところがあると思われる。何人もの研究者がなにか新しい分子があると思いながらもカムキナーゼⅡのように単離できずに発見されなかった分子が、一度論文が発表されるとそれに気付き、多くの研究者が参加してさらに広い範囲で研究が発展することがある。」

 

 この本に紹介されている研究は、まさにその出発点の研究だった。私は、研究とは無関係の門外漢だが、大学で受けた初歩的な薬理・生化学の授業の中で、極めて初期の研究成果として、神経伝達物質カテコールアミンがあると教わったとき、付け足しのように、その生合成に関わる物質が分離されたが、まだ同定されていないと聞いた。今思えば、この本で述べられている研究が、端緒についたばかりの頃だったのだ。学生の実験の指導は、大学院生だったこの研究の参加者たちもいただろう。まだ方向性も定まらぬ頃でも、薬理学の教授は、何らかの明るい見通しを持って、学部の授業でも披露したのだと思う。

 私が大学卒業後、すなわち著者らが旭川医科大学に新研究室を構える頃から、分子薬理学、分子生化学の分野は著しく発展し、社会人となった私も、その発展した成果を後追いしつつ勉強しなくては、新規に開発され発売される医薬品について理解することが難しい状況で、成書を求めては読んでいた時期でもある。

 この分野の彼らの研究の成果は、時期を少しずらすが、私達が使う医薬品の開発に応用され、新規医薬品による治療が開始されたり、製造工程の改善により、医薬品の収量増大や安定性の確保に繋がっていく。そのことを、末端の薬業界に棲む社会人として、見続けてきて、今日に至る。

 東京化学同人の「代謝マップ」、大学卒業後すぐに買ったときは、図の一つ一つは見やすく、すかすかだった。だが、時代が変わったなとその後2回買い替えたが、その度に、全巻のボリュームが膨れ上がり、1頁に書かれる図の矢印が増えており、複雑になっていく。この矢印とその先にある物質それぞれが、この本のような研究がなされた結果だと思うと、人の営みの底深さを思う。

 2021年3月1日発行、発行されてまだ日が浅いこの本を読むことができ、私自身も人生を振り返る機会になった。巡り巡って私が出会うことができた縁に感謝したい。