「恋」
2023/09/29
十河 智
恋をしたことがあった。大学一年生、片思いがすれ違い、実らなかった。後に、相手も好意を寄せていたと知った。青春のほんの一コマ。
私はあまり競争心のない子供であった。中学校の成績順が張り出されている時代であった。私がその上下変動で、舞い上がったり落ち込んだり,そういうことはなかった。しかし成績重視で育った男子生徒が、勉強法を聞いてくるなど、ぎこちない接触があった。そんな雰囲気のところに恋心が芽生えるはずがない。楽しそうに恋を遊び、青春しているカップルもいたが、私は、別世界然と眺めているだけだった。
夏休み開けて張り出す成績順位
中学、高校時代を、恋とは無縁に暮し、ESSのクラブ活動の中の英語劇に熱中した。学校の十一月の文化祭が本番だった。五月頃から、脚本を決める。シェイクスピアもあれば、アメリカのハーレクインロマンスからもとった。自分たちの力量に応じた易しい英語に置き換えて脚色し、練習し、演じた。
演じる主役の生徒同士が恋に落ちることもよくあるパターンであったが、私の役は、だいたいお母さん。恋の手助け役。もしくは、恋の引き離し役。実際の恋に繋がりようがない役どころだった。
文化祭母親役を充てがはれ
大学でも、やはりクラブは、ESS。下宿や自宅に集まって、ホームミーティングと称し、英語のみという茶話会をやったものだが、そこで冒頭に書いた恋、片思いを経験した。
その会から何組かカップルができたのだが、私は同学年の痩せてひょろ長い彼に、告白することができなかった。グループとして活動し、二人きりになることはなかった。そのまま進展することなく、卒業を迎えた。三月、駅まで見送りに来た彼と、握手をして別れた。その後も、忘れられず、近づけなかった。最近、彼が同窓会に来ないので、心配していたところ、奥さんから、認知症との連絡があった。それを聞いて、気持ちが少し沈んだ。
初恋の人との別れ卒業す
結婚の前に、揺らぎは二回あった。
一つは就職した徳島の保守的な土地柄で、旧家では、家同士の釣り合いを言い、よそ者は受け入れてもらえなかった。土地柄、家柄というのは、難しい。
行楽も恋も流れて春の雨
実家でも、結婚となると、同じように家のことを言うのには驚いた。主人とは、同じ町の商売人同士、釣り合いは、取れているだろう、親同士も間接的に同じ知り合いがいたり、家のことが問題になることはない。それでも、見合いの際に、交わした「釣り書」、家と家、根は深い。
ゴールデンウィーク見合のちデート
結婚後の恋愛と、よくお見合いでは言われるが、それは違う気がする。恋愛は冒険的であってほしい。崖から落ちるかもしれない緊張感があってほしい。見合いのあとは静かすぎる。
もう結婚を決めようかと思っているとき、母の後押しもあって、一度気に掛かる先輩に会いに、京都まで出向いた。事情を伝えて会ったのに、「止めろ。」とは言わなかった。彼にも実家の方で既に結婚相手が決まっていたらしい。
決心がついて、見合いの相手、主人と結婚した。
決心と訣別の旅朧中