うちにやってきた本たち 3

うちにやってきた本たち

 

3 大学の薬学部の同窓生の間で回ってきたもの。

 

生化学教室出身の人から、先輩の研究の総まとめの本として、うまく纏まっているからと。

 

「記憶と学習を支える分子

カムキナーゼIIの発見 基礎研究の方法と魅力」

 

 著者:山内卓

 


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大学の生化学教室の先輩の先生が、一つの神経伝達物質の発見の経緯を書かれた本、この教室の人で同学年の友人が、この川柳をしている友人に送ってきたという。この2人は生化学系の教室の人。

 「難しかったのですが、読んでみて楽しかった。」

 専門の違う分析系の私は読みきれるだろうか。

 

 著者がアメリカ留学から帰国後、新設の旭川医科大学へ赴任、研究室の整備、研究目標の設定から始まって、成果を得るまでの地方大学の一研究室の道程を、後に続く研究者に大筋理解ができるよう配慮して、かなり丁寧に実験のデータまで示して、説明している。

 新設医科大学の創設から10年余りの期間の成果であり、神経科学の黎明期に行われた昭和の記録、21世紀の脳の時代を先取りする研究と、「はじめに」の中で述べている。

 生化学関連の講義・実習を受けた学生・大学院生・若手研究者が理解できるように、実験や同定、酵素活性の測定について、詳細過ぎる程の測定条件や反応液の組成を参考資料等で明示している。

 この本を表すに当たって、著者の目は常に、現在の若い研究者に向けられていて、わかりやすく、しかも、新たな現代的な研究テーマの設定を促すように、経験談の中から、随所にヒントを散りばめている。

 

 「今、令和の時代に振り返る昭和、そして、新型コロナウイルス感染症パンデミック下での、基礎研究の必要性が認識されており、生命科学の基礎研究も注目されている。」

 「この研究はおよそ40年前のものであるが、基礎研究における実験計画を立案し、それを遂行するために最適な条件を整えるという考え方は共通するところがあると思われる。何人もの研究者がなにか新しい分子があると思いながらもカムキナーゼⅡのように単離できずに発見されなかった分子が、一度論文が発表されるとそれに気付き、多くの研究者が参加してさらに広い範囲で研究が発展することがある。」

 

 この本に紹介されている研究は、まさにその出発点の研究だった。私は、研究とは無関係の門外漢だが、大学で受けた初歩的な薬理・生化学の授業の中で、極めて初期の研究成果として、神経伝達物質カテコールアミンがあると教わったとき、付け足しのように、その生合成に関わる物質が分離されたが、まだ同定されていないと聞いた。今思えば、この本で述べられている研究が、端緒についたばかりの頃だったのだ。学生の実験の指導は、大学院生だったこの研究の参加者たちもいただろう。まだ方向性も定まらぬ頃でも、薬理学の教授は、何らかの明るい見通しを持って、学部の授業でも披露したのだと思う。

 私が大学卒業後、すなわち著者らが旭川医科大学に新研究室を構える頃から、分子薬理学、分子生化学の分野は著しく発展し、社会人となった私も、その発展した成果を後追いしつつ勉強しなくては、新規に開発され発売される医薬品について理解することが難しい状況で、成書を求めては読んでいた時期でもある。

 この分野の彼らの研究の成果は、時期を少しずらすが、私達が使う医薬品の開発に応用され、新規医薬品による治療が開始されたり、製造工程の改善により、医薬品の収量増大や安定性の確保に繋がっていく。そのことを、末端の薬業界に棲む社会人として、見続けてきて、今日に至る。

 東京化学同人の「代謝マップ」、大学卒業後すぐに買ったときは、図の一つ一つは見やすく、すかすかだった。だが、時代が変わったなとその後2回買い替えたが、その度に、全巻のボリュームが膨れ上がり、1頁に書かれる図の矢印が増えており、複雑になっていく。この矢印とその先にある物質それぞれが、この本のような研究がなされた結果だと思うと、人の営みの底深さを思う。

 2021年3月1日発行、発行されてまだ日が浅いこの本を読むことができ、私自身も人生を振り返る機会になった。巡り巡って私が出会うことができた縁に感謝したい。