福永耕二論「墓碑はるかなり」仲栄司著、を読みました。

福永耕二論「墓碑はるかなり」仲栄司著、を読みました。
         2019/05/11

 俳句の世界で身を捧げたというべき人、福永耕二論「墓碑はるかなり」仲栄司著をかなり時間をかけて読んだ。

 著者の綿密な取材により、福永耕二と、周りの俳人たちの姿が、よく見えてくる本であった。
 俳句というのは、命を削るほど、こんなにも人を没頭させるのだろうかと、私と俳句ということを考えると、あまりにも求道者であって、どこまで行ってもわからないところはあるのだが、彼の成した仕事の大きさは理解できた。「馬酔木」の編集長、二つの句集「鳥語」「踏歌」、「水原秋桜子全集」の編纂
 この本の第二部「耕二の俳句への考察」、第三部「耕二の生きる姿勢」が、たくさんの引用句を交えて、書かれている。丁寧に彼の俳句が考察されていて、ここで言われていることも、「俳句は生きる姿勢」という信条を貫き、俳句とともに人生を駆け抜けた、であった。
 どこを読んでも純粋、懸命さの溢れる福永耕二である。

 新宿ははるかなる墓碑鳥渡る 福永耕二

 残念さも感じている。時に家族を詠む句もある。もっと体に気を使い、家族のためにも長生きしてあげてほしかった。心からそう思った。

父よりも兄を慕ふ子営巣期
子を肩に載せて歩けば青葉木菟  福永耕二

 福永耕二の生涯とその俳句、編集者としての仕事、すべてを書いていて、構成と記述がとてもわかりやすく読みやすい本であった。

 俳壇とか結社の相関に疎い私は、著者がこの評論を連載した俳誌が、また、著者自身が、馬酔木や福永耕二とどのような関係にあるのか知らないのだが、全体的に偏りなく、淡々と述べられている。読む私たちに考えさせ、感じさせる余裕を持った述べ方だと思う。     
            十河智