谷口智行句集
「星糞」 を読みました。
2020/06/18
十河 智
だいぶ前に読んでいて、遅くなったのですが、感想を書いておきたいと思います。大事にしたい本になりました。
まず、題名「星糞」に、とてもインパクトがあった。
ふんだんに星糞浴びて秋津島 智行
この句から、採ったとあとがきにある。
古事記が映し出す、私達の秋津島が自然災害に無防備に晒される映像、そこに神々が現れる。私達の祖先の、自然災害だけでなく、鳥獣、草木虫魚などへの恩寵と畏怖の念、そこにある信仰。
題名が表すものに、ひどく感じ入ったのである。
熊野には何度か入った。表面的な観光であり、旅人であったが、地勢に圧倒され、怯えも覚える環境であった。
山道は霧に隠され、前途がわからなくなり、熊野灘の海岸沿いの波濤は、荒く激しい。夜の闇はそこ深く恐ろしいくらいだった。
この本のカバー・扉の写真や表・裏見返しの絵がそのまま熊野の威風を醸し出す。
ディレクターズチェアーに座った著者が熊野に溶け込んでいて悠悠の感じがとても良い。
地域に暮らし、医業を成し、自然と共にある。その目に映る全てのものが、俳句に現れている。見逃さず、無視もしない。人も動物も草木も、自然があるがままに、言葉が出るままに、句が表現されている。のどかだったり、残酷だったり、やりきれなさも現れている。人の生業、生死も隠し事なく語られている。
しかし読むものは、力強く、人として誇らしく、これらの句を味わっている。私達も、こうして生きていくのだと悟らされ、勇気も湧く。
神涼し
のどけしや野良着磯着をならべ干し
神涼し紀のわだつみのやまつみの
谷出水仔鹿の屍はこび来る
鮍の肝喰その他海に捨て
しどろに酔うて山火事を見ていたり
谷口智行
淦汲む
死んでゐる雉のまぶたに触れてみる
をなもみや草鞋顔せる兄いもと
浸水の畳を積める花野かな
秋の潮満ち来て浚渫船動く
獣糞のなかにあけびの種あまた
谷口智行
霜の花
死者を診に寒の戻りの雪踏んで
まなうらのあめつちに春来たりけり
燕来てゐるぴかぴかの多島海
恋の牡鹿角の股数鳴くといふ
検視とは死者への取材霜の花
谷口智行
星糞
山ひとつふたつ向かうは雪嵐
葭切や民の嘆きもかくありき
縄文の代より実りの秋忙し
草莽の医も句もよけれ酔芙蓉
ふんだんに星糞浴びて秋津島
谷口智行