句会の楽しみ、俳句の付き合い

句会の楽しみ、俳句の付き合い

       2023/08/11

      十河 智

 

 昨日は句会でした。

 行きは夫に淀川を車で渡り、阪急の高槻市駅で降ろして貰います。帰りはゆっくりでいいので、電車・バスを乗り継いで、最後、京阪寝屋川市駅からタクシーです。けっこうな道中なので、80歳近い身には、いつまで続けられるかなと、毎回思うところです。

 最近思うのですが、句会に毎月集り、後の食事会もあるおつきあいをもう何年か重ねているにしては、俳句仲間というのは、それほど緻密な関係にはなりません。俳句を通じて、人となりとかは分かり合えるのですが、案外、身辺ごととか近況などを踏み込んで語り合うことはない、淡淡としています。いままでは、同窓生とか郷里の友人と、かなり行きあっていたので、それほど感じていなかったことですが、最近の、町会などの季節の行事も全くなくなるなど、コロナ下での集会状況で、人との交流が希薄になる中、このか細い俳句仲間の関係性に眼が行き、ふと物足りなさを感じてしまったのかも知れません。

 そういえば、昨日、タクシー運賃が値上りしていました。880円が1100円に。止まる場所でメーターが上がるのですが、そうではなく、値上りのようでした。主人も歳で運転をやめようかといい出す時期に、バス停も遠い家に暮らす年寄には、頼みの綱のタクシーなのですが。まあ、もうそろそろ娘の近くへ行くとか、何か考えないといけないということだろうとは思っています。

 句会が、買い物以外の、今のところ唯一のお出かけ先です。そして、句会こそ俳句をやっている楽しさの極みです。句会のシステムもとても公平な良いシステムと、初めて参加したときから、感心しきりだったことを覚えています。俳句をする人たちと共にいることの心地良さがあります。そんな句会に終わりがあることも覚悟して置かなければと思うこの歳。

 コロナ禍がなければもっとゆったりと歳を取るということに対峙できたかもしれないのですが、どの会合も一時中断の時を経ていて、自分の歳を認識せざるを得ないのです。

 句会も、1回行くたびに、終りが近づいて来るなと、このところの偽らざる気持です。大事にしたいと思います。俳句そのものよりも、人との交わりをできるだけ長く続けたいのです。

 

(投句と結果)

 

梅雨雲や淀川の水嵩ませる

立秋や句会に至る電車バス

夏休遺跡公園車窓より 1点

汗のまま遅れし席に着きにけり 3点

梅雨空を刺すままにありクレーンは