ある一日

ある一日

        2021/03/28

        十河 智

 

 少し暑いくらいの天気だった。老いた夫婦の朝は遅い。カーテンを開けると、日が差し込んで、外が気持ちよさそうである。

朝食は9時である。

私はシリアルの牛乳かけ、コーヒー。主人はジャムバタートーストを半枚とコーヒー。りんごとウインナーを少しずつ。

 何もすることはない。どこかへドライブに行くか、テレビで録画を見るか、本を読むか。この頃私には、スマホ三昧が加わった。朝のうちに一通り、フェイスブックをチェックする。毎日の俳句鑑賞が楽しい日課となっている。まだ二つ折れ携帯の主人は、中毒扱いをする。彼の日課は新聞の数独、雑誌の付録の詰将棋。よく似た中毒症状であると思うのだが。

 この日はスマホを見ながら、前の晩下準備しておいた伊予柑ママレードを煮た。自然な艶の伊予柑があったので、ママレードにするつもりで買った。皮を刻んで砂糖を塗しておいたのだ。出来具合は満足。甘さも丁度いい。何より生ゴミの減量、そこが一番の手柄に思えた。

 自粛要請中は、昼の食事も家が多かった。ありとあらゆるインスタント物や冷凍食品を試した感がある。残り物に手を加える術も上達したようである。夕食の二人分はいつも少し余るのだ。カレーからカレーうどん、野菜炒めがオムレツや卵とじ、シチューをグラタンに。

 最近、外に出ることが復活しつつある。変わらぬ大阪外環状線を二人のドライブ。人の混まない2時ごろの食事。行く店はローテーションで。奈良の平城宮跡近くの「ザめしや」もよく行く店だ。帰り道を変えて、季節を楽しむ。たまに降りて、散策する。道の駅で花を買う。大体1時頃から4時、5時まで、片道20〜30Kmが行動範囲。

 この日は、方向を逆に行きたかった。ラインのグループで繋がる友人たちのうち、健脚ですっと立ち上がる人たちばかり4人で、「コロナに負けたくない、もう我慢の限界」と、ライン上で急に話が纏まってゆき、淀の河津桜、そして、また別の日、伏見城南宮の梅と椿を見に行っていた。ライングループに写真を載せてきた。おにぎりやおやつの持ち寄りで、楽しそう。羨ましかった。私の足と呼吸の状態を知っていて、この度の誘いはこなかった。行っても多分独り歩きになる。でも、ちょっと寂しくて、その方向に、うちのドライブコースを設定してみたいと思った。

 ラインのやり取りはグループ内では筒抜けで、酸いも甘いも噛み分けた年齢の達している私達は、今更、喧嘩にもならないが、ちょっと気をつけなければと感じた。

 また、近頃無性に美味しいたこ焼が食べたくなっていた。近所に屋台や祭がないせいか、軒先を借りる形のたこ焼屋さんができたので、買おうとすると、その店があまり衛生的でないと反対された。たこ焼は家でも作るが、あの外カリカリ、中ジューシーが、どうしても出ない。恥ずかしいが、少し柔らかいお饅頭のようなたこ焼きになる。店で買って食べてみたくなる理由である。主人の目には、デパートやスーパーのフードコートのたこ焼屋はいいらしい。

 たまたまであったが、最近、店舗形式でイートインスペースもあるらしいたこ焼屋さんをフェイスブックで紹介してくれていた。伏見のようだった。その投稿を見直して、箸袋に店名を見つけたので検索した。住所がわかったので、ここでたこ焼きをお昼にしようと主人を誘ってみた。気分が乗ったらしく、ナビがあったら行くと言ってくれた。ナビ設定。20kmコース、30分とあったが込み具合では、小一時間かかるだろう。

 地道設定ながら、ナビでは高速の側道、高架下を通らされる。こういう道は、おおよそ景色が良くない。俳句の脳を刺激してくれない。そこが不満である。いくら別ルートにしても立派で交通量の多い国道に戻される。知らないところへ行くのだから、ナビに従わざるを得ない。

 目的のお店についた。清潔そうで、いいお店だったが、駐車場がなかった。テイクアウトにして、一番近いコンビニに寄った。ホットの缶コーヒーを買って、たこ焼きも熱いうちに食べた。京都らしくいい出汁が効いていて、美味しかった。大阪とも明石とも味が違っていた。

 主人は初めて通る道に疲れたようで、私は目論んでいた桃山御陵か城南宮へ寄ろうと言い出せず、そのまま帰った。

 日が長くなっているなと感じる。4時過ぎが明るい。

 夜は、冷蔵庫にある材料で、親子丼と大根の味噌汁にした。コロナ禍で、買い置いた物を使い切る習慣がついた。

 くだらない長話におつきあいさせただろうか。

 しかし、仕事もない、趣味も封鎖されて、年寄り夫婦は、こういう暮らし方にならざるを得ない、今の現実を書いておきたかった。

 

伊予柑の艶良き皮よマーマレード

春暑しナビが導く殺風景

伏見までちよつとたこ焼春風と

菜の花のまだ疎ら咲き宇治の川

草萌ゆるいつも乗るバス眠る車庫

誇らしげ国道に咲く白木蓮

     十河 智