沖縄に那覇に首里城、炎上す

沖縄に那覇首里城、炎上す
       2019/11/06

 10月31日未明、首里城が燃えているとテロップが流れた。そして、正殿が赤い炎の中に崩れていく映像も。言葉がなかった。

 沖縄は、二人いるうちの下の孫が生まれたところで、出産の頃、手伝いに行き、長く滞在した。
 3年も一人子だった上の孫を連れ、公園という公園に、港や浜辺、ゆいレールで、映画や買い物、首里城にも行った。
 10年前のことだが、お陰で沖縄に馴染むことができた。その頃にはもう白髪で、歩いていると、観光客に道を聞かれることもあった。
「沖縄に住んでいると思われたみたい。」
 少し嬉しくて、家で娘に報告したりした。
 三才の子は、電車やモノレールに乗りたがる。それで時間潰しにゆいレールには、よく乗りに行った。家に近い美栄橋から、那覇空港へも首里城へも。国際通りを歩き、往復のどちらかをゆいレールということもあった。電車には、観光客も沖縄の人も、乗っている。ゆいレールは、楽しい乗り物だった。
 秋から冬にかけてのその頃は、本土から行ったものには過ごしやすい。散策しても暑くなく寒くなくいい気候で、しかし枯れ葉は舞う。沖縄の住人は、寒い季節が来たと感じるらしい。2年目にはそうなるよと娘が言った。
 首里城は少し前に再建が終わったと言っていた。琉球を体現できる空間であった。石と草木の長い坂道を登りきったところに、大空の下、広場と紅の弁柄の宮殿が静かに建っていた。豪華というより、端正である。復元という新しい色合いが、その空間の時代に、タイムスリップしたような感覚を覚えさせてくれた。古典の琉球舞踊のイベントを見たこともある。レストランなどの舞台で踊るものと違うとても優雅な踊りだった。
 琉球と日本と中国の様式をそれぞれに持つ三つの宮殿。あの場所がまた大空だけの広場になったのかと、あの炎とともに、思い出さえも崩れ去ったような気がしている。復元されるように祈っている。
 
 
ゆいレール那覇に朝寒蒼き空
離島へのフェリー港に舞ふ枯れ葉
破れ芭蕉島のおばあと思ひきや
首里城へ長き坂道高き天
兄となる子と首里城へ暮の秋
沖縄に那覇首里城登高す
ベンガラの三殿秋の空の中
秋の日にゆつたり琉球舞踊かな
首里城の赤き炎や尽き果てて
新月や弁柄の紅(あか)全て消ゆ  十河智