自註現代俳句シリーズ・13期8
「谷口智行集」を読みました。
2021/12/11
十河 智
自註現代俳句シリーズ・13期8
「谷口智行集」
御恵贈いただき、読ませていただきました。
このシリーズ、別の方のものを前にも読んだことがありますが、取り上げられた俳句に作者の愛着が感じられ、俳句がとても良くわかる、身近に感じられる。作者の俳人としての視点が、自分と共通であったり、また独特、意外であったり、俳句の中に人が見えて、実際にお会いして披講する句会の雰囲気にも通じているように感じる。
著者の選び抜いた自選三百句である。味わいながら読ませていただく。俳句を作り始めた頃から最近までという長い期間も、この句集に凝縮されている。熊野の自然とともに医師として暮らす作者、その姿が浮かび上がる。
以下、私の感ずるままに
《熊野、故郷、健次》
《若気、医師になる》
《医師である》
《その他の好きな句》
に分けて、曳かせて頂いた。
1《熊野、故郷、健次》
人待ちにへくそかづらを揉みながら
おたがひを貧乏くじと芋茎干す
をんな是となす黄槿(はまぼう)を手折るなど
新宮をぐるぐる回り健次の忌
兄貴欲し芒の傷を舐めくるる
田植女のざぶざぶ何か用かと来
秋のまくなぎさやうならさやうなら
またひとり少年消えて囀るよ
山桜はなればなれに暮れてをり
大夕焼するめを捕りにゆくと言ふ
おぼこ・いな・ぼら・とどゐたり盆の海
月の田をざんぶざんぶと猪逃げゆく
一川(いっせん)の灘へ灘へと涸れゐたる
つづ桶に雲丹を浮かべて選りゐたる
秋の蝶鴉の糞を吸うてをり
のどけしや野良着磯着をならべ干し
神涼し紀のわだつみのやまつみの
麩のごとき蝙蝠の子を拾ひけり
行商も遊行も絶えて熊野灼く
しどろに酔うて山火事を見てゐたり
川そうめんとは密漁の鰻の子
東大をねらふ少年らと田植
❋❋海も山もある熊野、どの句にも実際に暮らしたものでないと見えない情景が描かれていると思った。❋❋
2《若気、医師になる》
死なむとす春潮臍に来るまでは
腑に落ちぬ二人の日焼夏期講座
大学に残る男と日向ぼこ
ふるさとにしがみつかむと踊るなり
❋❋ 私も故郷を出て、大学に進んだので、よく似た感慨をがあると感じた句である。❋❋
3《医師である》
除去せしは楤の刺やら海胆の棘
わが死場所ぼんとく蓼の水辺かも
すひかづらリストカットの少女たち
縫へと言ふ猟犬の腹裂けたるを
指先に移植うぐひすもちの皮
目薬も媚薬も冷蔵庫にしまふ
死者の辺(べ)へ十薬煮立てゐるかをり
若き日に拓きし蜜柑畑とか
生者みな死の許婚者滑子汁
検視とは死者への取材霜の花
似て非なり死と春眠の薄ら目は
雷の夜の往診草鞋銭もらふ
❋❋ 地域の医師として、全ての症状に対応する姿、これらの句群に、よく見える。季語は熊野の土地柄を前面に押し出してくる。❋❋
4《その他の好きな句》
草笛も草鉄砲も悪達者
掛けあるは忽(こつ)と消(け)ぬ子の夏帽子
歌ひ出すごとく渦潮生まれけり