堀田季何さんの「人類の午後」「星貌」 を読みました。

堀田季何さんの 「人類の午後」「星貌」を読みました。

        2021/11/20

        十河 智

 

 二冊とも今までの句集にない心を揺さぶる刺激があった。句集を読んだというよりは、質の良い問題提起のドキュメンタリーを見たり読んだりした後に再思三考を課せられるときと同じだと思うのであった。

 

「星貌」


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著者の二冊目の句集。この頃は、地球という星の様々な貌を捉えることに熱心であったと言う。それで「星貌」。

 自在季、自在律。俳句とするか否かは読者に委ねるとも言う。

「俳句がなんであるかを一緒に考えるためのきっかけになれば、実に幸いである。」と、跋の最後を結ぶ。

 

星が死んだのはこの俳句でだ

 

ニホンオオカミに追い詰められてニホンハイジン

 

詩人が思えば月は自然

 

目の前で作者不在の物語

 

訳すほど粘粘

 

骰子の目を足せばアインシュタインの微笑

 

はははははハハハハハハハ歯歯歯歯歯

 

xyzはXYZもどきより春らしい

 

人間に降格されブラックカードを食らう

 

犬に格上げされ黒い雨粒を舐める

 

空間に遺る文明の音

その中の永遠に消えぬ音

俳句共和国アルペジオの音は同時に消える

アルペジオ・ペルヴェルジョ・ロナウジーニョ

 

大いなるげっぷ音宇宙の端から端まで

 

前後左右上下なしこの青き星

 

最初無神論者は神でここには噛みかけのソーセージ

 

花冷の機械が季何を読み取るの

 

堀田季何という一句や推敲す

 

【附録】

 

❋亞刺比亞❋

   九九句

「星貌」の附録として

 

著者がアラブ首長国連邦に滞在したときに、吟行して作り、アラブ首長国連邦で出版された日英亞対訳句集。その句集の日本語原句を、附録として収めている。

アラブでの作句なので、全ての句は超季、もしくは無季である。定型は維持。

 

「現地において、蠅は夏のものでなく、月は秋のものではない。冬は日本の初夏に相当する。」

 

砂漠

 

砂に寝て砂あたたかし地球回る

 

いつさいは駱駝親子の咀嚼音

 

蟻二列交差す速度保ちつつ

 

オアシス

 

はらはらと一本伐つて二本植う

 

かつて水ありし処や長の墓

 

 

雨粒落ちて同時多発の祈りかな

 

信仰

 

日没の美し殊に祈る時

 

生活

 

インク・汗・血に聖別されてドル紙幣

 

音楽

 

音は空間音楽は時間  薔薇

 

言語

 

右方から書きぬ予言も睦言も

 

詩歌

 

唄ひだす詩人の声は星の声

 

 

月の色さしてあらびあ真珠かな

 

運河

 

何もかも渡る運河や月光も

 

都市

 

アラビアの今と火星の今世紀

 

世界一「世界一」ある涼しさよ

 

 

国家なる部族の夢は緑色

 

 

「人類の午後」


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 この本には、三人の俳人が文章を寄せた枝折が付けられている。また、堀田季何さん自ら添えた跋もある。

 それらの文章から、この句集の意味のようなものを掴むことができると思うので、ここで引用したい。

 


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枝折❲畫想夜夢❳

 

❋朧の向こうに見えるもの

    宇多喜代子

 

 「日野草城の最後の句集に『人生の午後』がある。草城自身の晩年の日々の感慨を残した句集として知られるが、堀田季何の句集名は『人類の午後』で、それを目にしただけで堀田季何が個人を超えた何かを抱え持って俳句の前に止まっている姿を予感させる。そんな思いを持つ読者に親切なのが各篇の俳句の前書きのように書かれた、先人たちのアフォリズム詩篇である。読者のために惹かれたものでないことは自明のことながら、私レベルの読者にはこれがありがたいのだ。」

 「堀田季何は、人類の歴史に汚点をとどめた『夜と霧』の非道や、今日的問題であるミサイル、原子炉、原爆など、今を生きる人間として看過できぬ大問題を、ものの言えぬ俳句の形式と手を組み、作者にも読者にも過剰な負担にならぬように作品化しているのである。」

 

❋混沌世界に立つ言葉

   高野ムツオ

 

 「『どこでもドア』のような句集である。」

 「雪月花とは、未来を犠牲にしながら闇を背負って生きるしかない罪深い人間であってこそ初めて見出すことができる美の世界なのかも知れない。その禍々しい妖しさに打ち震えながらページをめくる畏怖にこそ、本書の魅力がある。」

「寶舟船頭をらず常(とは)に海

 寶船しろがね積むやくがね盡き

 懇ろにウラン運び來寶船

 宝船は庶民のささやかな夢。だが人間の欲望の塊でもある。サンタマリア号や無敵艦隊は乗る側からすれば宝船だが、待ち受ける側から見れば地獄の船である。ブラックユーモアでは済まない深刻がこれらの句には刻まれている。これはほんの一例に過ぎない。」

 

夢魔の哲学ーポストコロナへ

    恩田侑布子

 

 「堀田季何とは何者か。一度二分ほど話したことがある。美しい立ち姿にただならぬ新しい時代の到来を感じた。『人類の午後』も毒のある句ほど佳い。夢魔の香は、ときに悪夢に近い。そこに奇面人を驚かす姿勢はないが、驚かされる。むごい。やがて痛切に哀しい。独自の境を拓いた八面玲瓏を味わってみたい。」

 「未知の大きさをもって、堀田季何はしなやかに走り続けるであろう。現実は完結しない。そのリアルな切断から目が離せない。」

 

 これら三人の言葉は句集を読む前には、正直、ぴんとこなかった。だが、読んでいくうちに、その深い読み方が当にその通りだとわかった。

 ここには堀田季何が目にしたありとあらゆる世界が再現されていて、矛盾や理不尽が渦巻いていた。たしかに俳句ではあるのだが普通に読まれる俳句のような自意識ではない。人類意識とでも言うべきものが働いているのだ。地球の全現象、人類の状況について、俳句の形式に載せて、切り取っているのだ。身近な俳句を読み慣れた目でよく読み解けば、最小限の十七音の言葉の余白に抱える問題の全容を見ることができる。

 堀田季何本人が「跋」に書いているが、

 「句集全體は、古の時より永久に變はらぬ人間の様々な性及び現代を生きる人間の懊悩と安全保障といふ不易流行が軸になってゐる。一介の人間として、人間及び人類の實を追ひ求め、描くことへの愚かな執念である。この執念ゆゑ、観念、理屈、想貌、不快といつた要素は

排除せず、また、作者の生まれてゐない時代の人間による行為も現代における賞味期限の少ない事物も詠んだ。芭蕉及び支考の虚實論が志したところとは大きく異なるが、實に居ても虚に居ても實をおこなふ一つの在り方だと思つてゐて、一部の句が魔術的現實主義、心現實主義、超寫實主義等に振れてゐるのは、その證左である。

 時間も空間も越えて、人間の關はる一切の事象は、實として、今此處にゐる、個の人間に接續する。」

「幾つかの句に出てくる〈われ〉は、作者自身ではなく、過去から未来まで存在する人類の現代における一つの人格に過ぎない。」

 

 堀田季何をこの句集により知ることになり、自在な発想、発信が俳句にあっていいことに、力強さを感じた。普段接する、俳句に覚える感動や共感とは全く別の、核心を突くような、また琴線に触れるような、心情に陥り、思索にふけさせられた。

 そんな立ち止まってしまった句を揚げておきたい。

 この句集のところどころに、挟まれる

先人たちの言葉も、合わさる句と共に紹介する。

 

前奏

 

──

 

戦争は畜類がするにふさはしい仕事だ。しかもどんな畜類も人間ほど戰争をするものはいない。(トーマス・モア

 

和平より平和たふとし春遅遅と

 

戰爭と戰爭の閒の朧かな

───

 

ミサイル來る夕燒けなれば美しき

 

ぐちよぐちよにふつとぶからだこぞことし

 

Ⅰ 

 

繩文の焰が雪を食ふところ

 

月光に白し吾が手も合鍵も

 

沈黙に延長記號(フェルマータ)附く夕櫻

 

花降るや死の灰ほどのしづけさに

 

花筏一意專心補陀落

 

Ⅱ 

 

しゃぼん玉あたる人から死ぬといふ

 

しゃぼん玉ふいてた奴を逮捕しろ

 

──

幸福とは蝶のやう。(ナサニエル・ホーソーン

 

斑蝶斑蛾斑蝶斑

 

夏蝶といふ榮逹に近きもの

──

 

吾よりも高きに蠅や五六億七千萬年(ころな)後も

 

天使よく天使を知るや社會鍋

 

ホットココア配給一家一杯まづは子に

 

Ⅲ 

 

初富士に死化粧して巨き手は

 

福笑絕望の表情もあれ

 

落ちてよりかゞやきそむる椿かな

 

にせものの太陽のぼるあたたかし

 

草摘むや線量計を見せ合つて

 

こどもの日ガラスケースに竝ぶ肉

 

かき冰青白赤(トリコロール)や混ぜれば黎(くろ)

 

チアノーゼ色のペディキュア川床涼

 

虹を吐き虹を飮みこむユフテラス

 

猫轉がり人寢轉がる原爆忌

 

一生に打つ一億字天の川

 

夭折の作家に息子萬年靑の實

 

 ロシア極東最東部の先住民族

毛皮着て毛皮に寢るやユピクの子

 

石段のはては祭壇冬銀河

 

撃たれ吊され剥かれ剖(ひら)かれ兎われ

 

後奏

 

なんらかの舌の定食ビルマ

 

したたれリ汗と涎と肉汁と

 

現在から、未來は生まれ落ちる。(ヴォルテール

 

ヨーグルトに蠅溺死する未來都市

 

タイムマシン着くどこまでも夏の海