石井清吾さんの句集「水運ぶ船」をよみました。  

石井清吾さんの句集「水運ぶ船」をよみました。

        2021/01/19

        十河 智

 

f:id:haikusumomochan:20210119014453j:image  f:id:haikusumomochan:20210119014523j:image
 石井清吾さんの句集「水運ぶ船」をよみました。

 フェイスブックで、お友達の何人かが読まれて、鑑賞されていたので、本阿弥書店のオンラインで頼んでみました。
この時節、行きつけの本屋はショッピングモール内のツタヤなので行きたくなかったし、アマゾンはもう一つ好きではないので、やってみたのですが、実は、注文が通ったかどうかが、本が来るまで不安でした。
 手に取った本の装丁もすっきりと気持ち良いもので、具体的に映像が結べる言葉の繋がりを持つ句に、親近感を覚えました。
 所属される結社「青垣」の代表、大嶋優作氏の「しなやかな精神」と題された序文が、この本と石井清吾さんの魅力を余すところなく語っていて、全く存じ上げなかった著者が、すごく親しく思えました。その後で、句集の本編を読むことができ、ありがたいことだと思いました。
 「青垣」についてはあまり知らないのですが、前にも述べたように、フェイスブックのお友達に、所属の方がいらっしゃること、郷里の高松の俳句仲間や俳句評論をやっている高校の同窓生から大島優作さんのことを聞き知っていたこと、など全く無縁ではなかったので、この本は、そんな意味でも、魅力的でした。
 大島さんも言われている題材が、私のよく知る場所や分野に重なっていることも、共感度が高い要因になりました。福岡、長崎は、旅の記憶で印象が深い土地ですし、明石は娘が一時住んで、何度も出かけ、また、自身の来し方、故郷高松や仕事を得た鳴門と大阪、京都との通過地点として、何十回、降り立ち、歩いた街でしょうか。ご専門の部門が、私も少し齧った生物化学というのも、嬉しいことでした。海の句、明石の句、実験室の句、家族の句。一句一句が、面白く、とてもよく理解できました。

 私も全く同感した、大島優作さんの言葉を、ここにご紹介したいと思います。
 「読者に負担をかける句は、ほぼないと言っていい。…………決して後ろ向きではない。向日性が特徴で、それはこれまでの人生とも重なるのだろう。」

 

 

好きな句を挙げます。

 

 

アルペンホルン 2012~2015』

 

柳糸飛ぶトートバッグに唐詩

青空に反り返りたる辛夷かな
 (辛夷が誇らしげ)

寺町に好きなカレー屋帰省の子

ここいらの水が縄張いしたたき

海峡の橋つらぬける初日かな

あたたかや明石の路地に醤油の香
 (吟行をしたことがあります。この句の”あ”と”か”の音の配置がここちよい。)

遠泳の進む卵子を目指すごと

風邪籠エディット・ピアフの盤探す

 

 

『海峡の夏  2016』

 

昨日まで野に育ちたる子猫抱く

甲斐からの八ヶ岳荒々し花かんば
 (この眺めこの通り。)

梅雨明けや芝は足裏押し返し
 (芝の伸び盛りの力を感じた。)

あら炊きの前歯ましろき厄日かな

小春日や中指で溶く岩絵の具

 

 

『ピザカッター  2017』

 

新刊の硬き匂ひや山に雪
レジスターの音いきいきと種物屋

つばめ来と実験ノート欄外に
 (よくやりました、私も。ただ所属する部署の大事な記録なので、全て職場においてきましたが。)

秋風や運転免許返さうか
(さり気なく行ってしまう、秋風がいい。)

縁側は爪切るところ石蕗の花

羊水のごとき一湾牡蠣筏
(思い当たる場所があります。)

 

 

『森の時間  2018』

 

海に向く鳥居の高き破魔矢かな

雪積まぬ右手よ平和祈念像

美しき紐を選りたり雛納

黴の香や鞄から出すリラ紙 
 (上五、中七は音で繋がり、リラ紙幣と転じる、音楽のようです。字の上の切れと二重に響く。)

四百年敵迎へざる城涼し

いちじくや火山はマグマ眠らせて
 (この取合せ、わかる気がしました。)

冬麗の富士を遺骨に見せやりぬ

 

 

『水運ぶ船  2019』

 

山に雪しやきんと鳴らす裁ち鋏
 (雪が降る日の寒さが、”しゃきんと” に通じて、上下の梯子になっている。)

道草に旬あり酸葉噛んでをり
 (道草が文字通りの意味、道に生える草にもなっていて、今は酸葉、季節が変われば、ツツジの花の蜜もあるかも。)

葉桜や真水ですすぐ試験管
 (簡易な実験では、試験管を次の試料に続けて使う時、間に、真水ですすぐという操作を入れる。その後試料での共洗い、そして測定。私は屋外での水質検査によくこの操作をしたので、葉桜は、とても良く合う季語である。)

水族館へ水運ぶ船夏はじめ
 (大阪の海遊館に行くと、観覧車から見える埠頭がある。専用の水運ぶ船が泊まるところと聞いた。船は見ていないのだが、清吾さんは船をみられたのだろう。ニュースなどでも、取り上げられていた。)

らんかんのたかさをたもつあきつかな
 (この句も、口調にリズムが生まれる。ひらがな書きが、その要素をもっと印象づけていて効果的な表記法だと思いました。) 

体操のためのラジカセ草の花

漱石忌まだ着こなせぬバーバリー

死ぬるまで団塊世代都市詰まる
 (同い年です。)

福笹や汁透きとほる中華蕎麦

 

 

『あとがき』

 

あとがきを読んで、次の言葉は印象的でした。タイトル句のでた経緯を述べているところから続きます。

………。中に海を抱いて運ぶ船は、育った長崎を離れて今は明石で暮らす私と海との関係を象徴するようです。また地球に生きる私たち生物は、未来へと「遺伝子を運ぶ船」であるとともに、体に水を含んで「水を運ぶ船」でもあります。
…………これから自然と人間をもっと深く見つめ、自分の言葉による表現を磨いて、人の心に響く句を作りたいと思います。

 私たちの体、ほぼ水分です。水運ぶ船とは私、あるいは私たち、という意味だったのです。
 句集名に、この思いが込められていたとは、迂闊にも気付きませんでした。
 と同時に、自然と人間の間にあって、行き交う水のごとく、俳句を通わせてみたいと言う気持ちも、この句集名に秘めておられるだとここの文章でやっと気付いたのです。