達成感に浸る。

達成感に浸る   
        2019/12/04
        十河智

 今、仕舞屋で倉庫となっているもと薬局だった家の荷物を整理しようと、十坪程の店舗付き三階建の家の上階に置いてあるものを、一階のもとの店舗スペースに移している。
 薬局は廃業届けを出して五年間の文書の保存期間も過ぎてほぼ整理がついた。
 三階は今は独立した大阪にいる姪二人の下宿だった。今は使っていないので、姪たちや娘の残していったものが雑然と置いてある。
 二階は、仕事をしているときは休憩室だったが、今は、大型テレビとパソコンを置き、夫が私からの逃げ場にしている。
 私には今も夜中に報告書を書きに出かけたりする仕事場であり、ここで気楽に友人たちと会って話をする場所でもある。
 店を畳んでからも、重宝している家ではあるが、やはり動けるうちに整理をしようと思い始めた。
 そして前に言ったように、ものを一階にほとんど移し終ったところである。
 二階にとてつもなく重い長櫃が置いてある。湿気を嫌う医薬品などの在庫を入れていたのだが、もう空にはなっている。これをなんとか下に運びたい。
 しかし、私の力で、事故にならずに、狭い階段を下ろせるだろうか、と、かなり長い間、階段と長櫃の幅を確かめたり、どう滑らして回転させると、踊場を通過できるかとか、イメージを固める空想を巡らせていた。
 何でも一人でやる方が、速いし、特に家具の移動などは、頼まない。遠い昔の独り暮らしの名残かもしれない。これだけ歩くのが苦手になっても、しっかりと立つ、ということには不安がないから不思議だ。一歩ずつゆっくり、計算通りに動けばやれると言うところまで、想像が行き着いた。
 そのお昼にオカリナと二胡、詩の朗読のミニコンサートを聴き、癒された気持ちのいい、三日月がかかる夜に、決行する。
 長櫃を、上蓋が開かないように荷作り紐でしっかり縛り、引き摺り引き摺り、踊場に寄せた。それを縦長に起こし、立たせて、壁に沿わせながら、踊り場の三段のコーナーをバランスを崩さぬよう、段を一つ一つ幅のある方から落としてはもう片方と、慎重に階段の直線部分に乗せていった。階段の幅75センチのところを引っ掛かりのほとんどない、幅55センチの重量のあるものを、支えつつ、一段ずつ落としていく。後ろ向きに階段を降りていくので、特に集中しなければならない。片方下がった時に重みを受けた。負けないように段に押しやりつつもう一方を落とす。その時は家が潰れるかと思うほど大きい音が響いた。十段繰り返したが、あと何段かの時、一度足元が乱れ、伸し掛かる格好になった時があり、危なかった。何とか無事に一階まで降ろし切った時は、身体中から力も抜け切っていた。
 そのまま一旦外に出す。ここでも土間に落とす時、タイルが割れんばかりに鳴り響いた。夜なので、お隣はさぞ驚いただろう。店舗のシャッターを開けて、やっと目的の場所へ運び込んだ。
 これで、着物の整理ができる。長櫃は収納したあとの扱いが楽、リホームに使いたい形見の着物や、どうしても残したい思いで深いものだけ、ここに残しておく。後は処分するつもり。今入れている嫁入り箪笥ももったないが、引き取り手もいなさそうで、処分するしかないと思っている。
 まあそんないろいろなことを、追い追いに考えて行ける体制にはなった。
 懸案の一仕事であったが、無事に為し遂げた。が、もうこんな危ないことはしない、できない、これが最後と、つくづくそう思った。
 すべて終わってシャッターを下ろす前、外で体をグッと延びをした。夕方、京都から帰るとき眺めた三日月を、もう一度確かめるように眺めた。言い様のない達成感に浸っていた。
 
限界に挑戦決行する寒夜
熊一頭背負ふごとくに階下る
寒灯や廊下に響く大音響
宵闇に重き箱曳く息白し
冬三日月達成感に酔ふ躯体